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東京高等裁判所 昭和28年(行ナ)34号 判決

原告 ジエイ・エンド・ピーコーツ・リミテツド

被告 合資会社谷口糸店

主文

昭和二十六年審判第一〇九号事件について、特許庁が昭和二十八年二月二十八日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求めると申し立てた。

第二請求の原因

原告代理人は、請求の原因として、次のように述べた。

一、原告は、グレートブリテン及び北部アイルランド連合王国の法令に基いて設立した法人であつて、わが国においても登録第二二八六六号商標及び登録第一一九五〇八号の商標を有する者であるが、昭和二十六年三月三十一日連合国人商標戦後措置令第七条に基き、被告の有する登録第三五三六三八号商標の登録取消の審判を請求したところ、(昭和二十六年審判第一〇九号事件)、特許庁は、昭和二十八年二月二十八日原告の申立は成り立たない旨の審決をなし、その謄本は、同年三月十七日原告代理人に送達された。

二、原告の有する前記登録第二二八六六号商標は、明治三十七年二月三日旧第二十七類綿糸、カタン糸を指定商品として出願し、明治三十八年二月十六日に登録され、また登録第一一九五〇八号は、右登録第二二八六六号の連合商標として大正八年八月十六日旧第二十七類綿糸を指定商品として出願し、大正九年八月十九日登録され、いずれもその後更新登録を経て今日にいたるものである。

また被告の有する前記登録第三五三六三八号商標は、登録第三二八五五二号の連合商標として昭和十五年六月四日旧第二十七類綿糸を指定商品として出願され、昭和十七年八月十七日に登録されたものである。

原告の使用する前記各登録商標及び被告の登録商標は、それぞれ別紙掲記のとおりのものであるが、審決はその理由において、「本件登録商標と請求人の引用する登録商標とを対比した場合において、世人にこれが誤認、若しくは混同を生ぜしめるおそれがあるという措置令第七条第一項第一号前段の規定についてみるに、両者の構成はその外観において相違している。前者の構成中に「海馬」様の図形を、円筒形の洋風の「城」の屋上に表わした部分が存するけれども、該図形は両者を軽重の差なく結合せしめてなるものであつて、これは「海馬」様の図形のみを描出した態様のものではない。殊に該図形の下部に記した「海馬城」、上部に記載したSea Horse Castle Brandの文字と相まつて、「海馬城」印又は「シーホース、キヤツスル、ブランド」印の称呼、観念を生ずるのが最も自然である。従つて引用登録商標の「海馬」印の称呼観念を有するものとは、この点においても相違するものである。」と説示している。

三、しかしながら、右審決は次の理由によつて違法で、取り消されるべきものである。

(一)  被告所有の本件登録商標は、左方向きの海馬の頭部を城の上部に顕著に表現して成るものであり、原告の使用する引用各登録商標は、左方向きの海馬の頭部を表わしたものであるから、「海馬城」なる図形と「海馬」なる図形より成る商標とは全然「海馬」の点において同一であり、しかもこの海馬の図形は叙上商標において、最も注意を惹き印象を与える部分であるから、この両商標は、同一又は類似の商品の商標としては、世人に彼此混同誤認を生ぜしめる虞のあるもので、仮令「城」の図形を結合し、付記的文字の微差があつても、商標全体として外観称呼及び観念において類似するものに外ならない。

審決は、「『海馬』様の図形を円筒形の洋風の城の屋上に表わした部分が存するけれども、該図形は両者を軽重の差なく結合せしめてなるものであつて」と説示しているが、仮りに百歩を譲りその結合関係を認めるとするも、珍奇な動物の形状を同一にし、これを要部とするものであるから、観者の印象は、この海馬図の部分に直感的に深く脳裡に刻せられるものとみるのを相当とする。しかも海馬なるものは吾人の日常生活に馴れかつ親しまれたものではなく、全く奇怪なる形状と観念とを有するものであるから、両商標から受ける印象は、この点に集中せられるのは、けだし当然である。

従つて両商標は、離隔的にはたまた対比的に観察しても、両者は彼此混同せられるべきは明瞭である。

(二)  被告の本件登録商標は、「かいばじよう」の称呼観念を生ずることはこれを認めるも、原告の引用商標の称呼観念は、「かいば」であるから、両商標は冒頭音が同一であり、単に末音の「じよう」の有無の微差があるに過ぎないから、両商標は称呼観念において極めてまぎらわしいものといわなければならない。

更に迅速を尚び、かつ繁劇な取引界の実情において、殊に通信による商業の発達し、電信、電話等の商取引が盛んに行われる今日、「かいばじよう」印又は「シーホース、キヤツスル、ブランド」印が、これを簡略して、「かいば」印又は「シーホース」印と呼称する場合は、通常である。

(三)  しかのみならず原告の有する各商標の登録以前において「海馬」印或はこれに類似する商標の登録は全然存しない。しかも原告のこれら商標は、原告会社の使用する商標として、わが国はもちろん英国その他において世界的に広く知られた著名商標であつて、「海馬」といえば、直ちに請求人会社の商品を直感する程度に取引者及び需要者間に周知せられているものであるから、苟くも、これとまぎらわしい商標の登録は許さるべきではない。

第三被告の答弁

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、原告の主張にかゝる一及び二の事実はこれを認めるけれども、同三の主張はこれを否認すると述べた。

第四(証拠省略)

理由

一、原告主張の請求原因一及び二の事実は、当事者間に争がない。

二、右当事者間に争のない事実によれば、原告の有する登録第二二八六六号商標(明治三十八年二月十六日登録)、登録第一一九五〇八号商標(大正九年八月十九日登録)及び被告の有する登録第三五三六三八号商標(昭和十七年八月十七日登録)は、それぞれ別紙記載の如き図形及び文字から構成されている。すなわち原告の前記両商標(後者は前者の連合商標で、図形及び文字を藍色の着色限定としている。)はいずれも、竜の胴体の上に、先端の裂けた長い舌を出している馬の頭を有する怪奇な動物(この動物が、上半身馬下半身竜魚の「海馬」と称する西洋の神話に出る空想的な海洋動物であることは、弁論の全趣旨に徴し、明らかである。)の左向上半身を描いた図形と付記的な文字から構成されており、被告の商標は、右同様な空想的動物「海馬」が、西洋風な城さいの上部からやはり左向の上半身を現わし、その尾を城さいの入口から見せている図形と「海馬城」SEA-HORSE CASTLE BRANDの文字から構成されている。

よつて右被告の登録商標が、連合国人商標戦後措置令第七条第一項第一号中段にいう「当該指定国人の商標と対比した場合において、世人にこれと誤認若しくは混同を生ぜしめるおそれがある」かどうかについて判断するに、これを両々相並べて観察した場合、幾多の相違点を見ることはいうまでもない。しかしながら、両者がいずれも、前述の「海馬」というような、少くともわが国においては極めてなじみの薄い、怪奇な空想的動物の図形を中心として構成されている事実より考察すれば、これら商標を付した商品と何等かの交渉を持つにいたつた人々は、この怪奇な動物の図形に注意を惹かれ、これによつて記憶するのが一般であつて、後者に附記された城さいの図形、海馬の尾部の有無の如きが、いわゆるこれを離隔的に観察する者にとつて、常に両者の区別を想起させるものと期待することは到底できない。ことに当裁判所において真正に成立したと認める甲第一号証から甲第三十五号証までによれば、前述の海馬の図形からなる原告の商標は、ひとりわが国において明治三十八年以来登録されて来たばかりでなく、英国を始めとして世界二十数ケ国において、数十年にわたり登録され、原告会社が製造、販売する綿糸、カタン糸の商標として、広く知られて来たものであることを認めることができ、これらの事情を考慮に入れて考察すれば、「海馬」の図形は、この商品との関連において、一層の深い意義を有し、被告の商標中「海馬」の図形は、他の部分に比し、殊更に人の注意と記憶とを喚起するものといわなければならない。

してみれば、被告の登録商標は、原告の前記商標と対比した場合において、世人をして、これと誤認若しくは混同を生ぜしめるおそれがあるものというべく、これと反対の判断に出でた審決は、違法であつて取消を免れない。

よつて原告の請求を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のように判決した。

(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)

登録第二二八六六号商標〈省略〉

登録第一一九五〇八号商標〈省略〉

登録第三五三六三八号商標〈省略〉

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